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真夏のダブルWBC世界戦は8月12日、東京・大田区総合体育館で開催
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 梅雨空の続く関東地方、その蒸し暑さを吹き飛ばすかのような発表会が都内のホテルで執り行われた。
 ダブルWBC世界タイトルマッチとなる日程は8月12日、東京・大田区総合体育館にセットされ、内容も実に興味深いものだ。
 
 まずこの日のメインイベントはWBC世界バンタム級タイトルマッチ、今や次代の、いや、今この時代の日本のエース格に祀り上げられ始めた山中慎介(帝拳)の4度目の防衛戦である。
 昨年は世界的ビッグネーム相手に初防衛に成功し、また衝撃的なKOで二度目の防衛を果たした山中は、アマチュアボクシング戦績47戦34勝13敗の実績を持ち、2006年1月にプロデビュー。2010年6月に安田幹男(六島)の保持する日本バンタム級王座に挑戦し、7回TKO勝利を収めて同王座を獲得。昨年11月に世界初挑戦となったクリスチャン・エスキベル(メキシコ)とのWBC世界バンタム級王座決定戦で11回TKO勝利を収めて、同王座を獲得した。
 もはや多くの説明を必要としない昨年春の初防衛戦では、元IBFフライ級、そしてIBF、WBC、WBAの元三団体統一世界スーパーフライ級王者であったビック・ダルチニャンを退け初防衛に成功。ビッグネームの三階級制覇を阻止すると同時に、世界中にSHINSUKE YAMANAKAの名前を轟かせた。
 また昨秋の二度目の防衛戦の地を仙台に選び、元スーパーフライ級世界王者であるトマス・ロハスを衝撃的なノックアウトで屠り、開催会場ゼビオ・アリーナのこけら落し興行に華を添えたのも記憶にまだ新しい。
 そして今春に両国国技館で行われた三度目の防衛戦は、堂々たる指名試合として受けて立った。その指名挑戦者マルコム・ツニャカオ(真正・フィリピン)は昨年12月、WBC世界バンタム級指名挑戦者決定戦に出場。この試合の時点では1位の座をキープしていたツニャカオではあるが、対戦相手のクリスチャン・エスキベル(メキシコ)を7回2分過ぎ、豪快なフィニッシュを決めて、議論の余地ない指名挑戦者の座を確定させて山中に挑んだのだ。
 開始のゴングが鳴ると、序盤に山中がダウンを奪い、早い決着も予見されたが、中盤以降はハングリーなフィリピン人が、それまでの苦難を思い返したように王者を苦しめ、 期待に違わぬ大熱戦にスモウ・アリーナに集まった大観衆も熱狂。
 そして最終ラウンドにもつれ込んだ試合も、王者・山中の充実ぶりはこのスポーツの素晴らしさ、爽やかさと同時に冷酷な現実も映し出した。ゴッド・レフトとも形容される渾身の左が、挑戦者の世界二階級制覇の野望も、積み重ねた苦労をも打ち砕いたのだ。
 しかし、日本のボクシングファンは温かかった。深夜に近い時間の終了時刻にも関わらず、王者への賛辞だけではなく、挑戦者の奮闘への拍手は、異国からのボクサーの苦労を知らぬ者はいなかったのだ。
 戦績は20戦18勝(13KO)2分。
 感動の余韻が覚めないこの試合から4か月、背負うものは単なる期待だけではなくなった、未だ無敗の王者の4度目の防衛戦は、プエルトリコ出身のサウスポーが相手となる。
 現在WBCでは7位(WBO2位)にランクされるホセ・ニエベスはアメリカ、フロリダ州を拠点とするボクサー・ファイター型。2001年6月にデビュー後の約8年間、無敗のまま順調に白星を重ねてきた。2008年に初黒星を喫するも、その後も数々の地域タイトルを獲得。現在はホームタウンとするフロリダでの激闘をくぐり抜け、今回の世界挑戦の切符を手に入れた。
 戦績は27戦22勝(11KO)2敗3引分
 右フックを得意とするサウスポーに、山中は警戒心を解く訳にはいかない。

 この日にセットされたWBC世界フライ級タイトルマッチもスリルに富んだ一戦になりそうだ。
前戦でこの王座を獲得した八重樫東(大橋)は、同時に飛び級で世界王座二階級制覇した元WBA世界ミニマム級チャンピオンでもある
 昨年6月、ついに我が国で行われた初のWBAとWBCの王座統一戦に出場し、その大激闘で得た賞賛により、もはや多くの説明を必要としなくなったボクサーの一人となったが、あらためて彼のキャリアを振り返ると別の一面が見えてくる。
 今やプロの世界にも多くの王者を輩出する拓殖大学でアマチュアのキャリアを築き、やはり鳴り物入りでプロ入りしてきた、所謂ボクシングエリートであった。初回KOで飾った2005年3月のプロデビュー後、予想通り順調なキャリアを積む。
 プロ5戦目に5回KOで獲得した東洋太平洋ミニマム級王座には、日本国内のOPBF獲得最短記録という"オマケ"も付与されたが、彼のエリート街道の前にはその輝きも霞んで見えたものだった。
 そして2007年6月、当時の我が国における世界王座獲得最短記録(当時)を目論んだ7戦目でプロの世界のキツ過ぎるとも言える洗礼を浴びる。当時のWBC世界ミニマム級王者イーグル京和(角海老宝石)に挑むも完敗。この試合で負った下顎の骨折に相当期間のブランクを強いられた。
 復帰後の八重樫にかつてのエリートの雰囲気は薄くなっていた。
 「日本王座からやり直す」との言葉に多くのボクシングファンからの支持も得たが、それを目指し出場した日本王座挑戦権獲得トーナメント「最強後楽園」に出場するも、辻昌建(帝拳)に初戦で敗れる。
 しかしながら、決して諦めることなく、与えられた試合をこなし続けた彼は2009年6月、大阪で堀川謙一(SFマキ)と空位の日本ミニマム級王座を争い、その判定を制する。かつてのエリートが泥臭くも掴んだ試合に大阪のファンも最大限の祝福をした。
 再び世界戦線に乗るべく日本王座を三度防衛。雑草の如く強くなっていた彼に二度目の世界挑戦のチャンスが2011年10月に与えられる。タイ王国のWBA世界ミニマム級王者ポーンサワン・ポープラムックに挑んだ試合は、その年の年間最高試合に推す声も多くなるような大激闘となった。
 この試合で、初挑戦後に築いたスタイルを貫き通した10回に王者をTKOに追い込み、文句の付けようのない世界戴冠劇に会場の後楽園ホールは涙を流すファンも少なくなかった。
 この王座の初防衛戦は、先述の日本初の世界王座統一戦となったが、八重樫は失ったものより多くの賞賛を得た。
 今回フライ級で初防衛戦に臨む彼の戦績は20戦17勝(9KO)3敗。
 エリートと雑草の狭間を行き交いながら世界二階級制覇を成し遂げ、キャリア第二章、いや、第三章をスタートさせた。

 その前に立ちはだかるのはWBC世界フライ級11位(IBF10位)にランクされるメキシコのオスカル・ブランケット。
 今回は二度目の来日となるブランケットは、昨年6月、当時WBC世界フライ級にランクされていたウォーズ・カツマタを僅か33秒で失神させ、後楽園ホールの観客を凍り付かせた。
 ちょうど十年前の2003年に17歳でプロデビューを果たし、主に母国メキシコを主戦場にしてきたキャリアは不気味だ。戦績を見ると早い回でのノックアウトが目立つ。

 八重樫陣営もこのことを警戒しており、所属ジムの大橋秀行会長も「倒されるとすれば今回の試合だろう」と会見で悲観論も披露した。
 同じ会見の席で、いつも通りの激闘を期待されている八重樫本人が「今回は打ち合いは避けたい」と煙に巻いたとも本音とも取れない発言をすると、再び大橋会長は「それでも打ち合いを期待する。それこそがボクシングファンが求めるもの」と愛弟子を鼓舞した。
 この挑戦者の戦績は38戦32勝(23KO)5敗1引分。
 あくまでも人工的な数字上の戦績やランクでは惑わせられるべきではない。

 試合の概要は以下の通り

<日程>2013年8月12日(月)
<場所>東京・大田区総合体育館
<主催>帝拳プロモーション
<後援>報知新聞社 日本テレビ放送網株式会社
<認定>WBC JBC